櫻月夜話

            *翠月華』宮原 朔様より


 西域から風に乗ってやって来る砂漠の砂の向こう、夜闇の中で煙る臥待月が暗い回廊へ幽かな影を作り出す。鼻孔を擽る芳しい香りは散り始めた沈丁花か、咲き始めた桜か…。

「主上、宮城の内と言えど此処は外に近うございます。どうか供をお付けください」

 不意に背後からそう諌められて、皇帝は背後を振り返った。この国の長たる自分に対して遠慮のない物言いをする人間は少ない。自分から五歩分程離れた回廊の暗がりから現れたのはやはり自分のよく知る男であった。背まで伸びた癖のある鋼色の髪に黒の飾り気の無い袍。そして剣帯と剣はこの男が禁軍の長となる時に下賜した物だ。

「勘兵衛か、余とてたまには一人になりたい時もあるのだ。
 しかし、ちょうどそれにも飽いてきていたところでな。供を」

「御意に」



     ***


 広大な大陸の東半分を制圧下に置いた祖父、広大な国を繁栄へと導いた父に続いて天子の位を継いだ今上帝は、氏を李、名を月幽(げつゆう)、字を龍斎(りゅうさい)という。龍斎は真っ直ぐな黒髪と白磁の様な白い肌、そんな天女の如き美しい容姿でありながら、御歳十六の時に父帝の命を受け異民族からの侵略を退けるべく、軍を率いるなどと武勇にも優れた人物とされ、民からの信頼も厚い。

 「そなたと初めて会ったのも、確かこんな春の夜だったな」

 十数年前、島田勘兵衛は倭国より留学生としてやって来た男だった。当時の皇帝は知略と剣技に優れた勘兵衛をかの諸葛亮の再来と喜び、勘兵衛に氏を島(とう)、名を衛(えい)と唐国での氏名を与え武人として登用した。

「それから五年後に、銀龍…淡月公主様と共に異民族の討伐のため西へ参りました」
「そうだったな。あれが男であれば、余は喜んで位を譲ったのだが」

 先帝には三人の子がいた。そのうち后妃が産んだ二人は男女の双子で、兄が月幽公子、妹が淡月公主。兄が黒髪、妹が銀髪ということ以外、背格好がよく似ており、妹の髪を染めてしまえば区別がつかない程だった。そして十六の時、政や学問、芸術に優れた兄に代わって、武芸に優れた妹が勘兵衛と共に月幽公子として軍を率いて討伐へと向かったのだ。そして側室の子で蓮月公子、字を龍魅と名乗る末弟は母の身分が低かったため、公子としての立場を捨て官吏として生きる道を選んだ。

「皇帝は武芸よりも政の手腕を問われます故、あまり銀龍には向きますまい」

 場所を龍斎の私室へと移し、まだ辛うじて花の残る沈丁花を手ずから花瓶へ活ける皇帝の背後で、あやつは根っからの武人でございますからと勘兵衛は笑った。

「そうだな。それゆえか今回の西域行きの話は随分と喜んでいた。
 謁見の相手は西域のほぼ全てを制覇した国王だからな」
「なるほど」
「外交の仕事は異母弟の李龍魅に任せてあるからな。
 姉が護衛ならば龍魅も何かと動きやすいだろう」

 今回の西域行きは少々勝手が違っていた。向かう先が吐藩やカシミールよりもずっと先のアラブだからだ。

「我が国の民はいつも侵略に怯える生活をしている。
 極西の大国と極東が手を組めば隣国や騎馬民族を抑えることもできよう」
「西の覇王陛下はとても優れた御方だと聞いております。
 主上の意を汲んでくださることでしょう」
「そうだとよいのだが…それはそうと、金鬼はどうした。一緒ではないのか?」
「ああ、七郎次ならば兵舎で仲間と少々遊んでおるのでしょう」
「賭博か…程々にな」
「御意。では、そろそろ失礼を」

 退出の礼を取り私室から出ていく大将軍の背を見送りつつ、龍斎は執務机の引き出しに入っていたかの王国に先行している間諜からの文を火鉢へとくべた。

  政治、戦略に長け民からの人望も厚い。
  風貌、精悍にして肌は褐色。髪は癖があり、鋼色。

「他人の空似、か」






   〜Fine〜  11.04.10.


  *『翠月華』の宮原 朔様から、お誕生日祝いにといただきましたvv
   砂幻様に設定をお借りして展開させて頂いております“砂漠の〜”シリーズと、
   おなじ時系列の、東洋王朝編というところでしょうか…ということで。
   中国とか韓国の王朝ものは、
   某 『十二国記』の印象の世界をついつい思い浮かべてしまうのですが。
   格式高い東方の王家の方々、凛々しく描かれておいでで、
   さすがだなぁとワクワクして読ませていただきましたvv

   こちらにも勘兵衛様が転生なさっているようですね。
   お話伺った折は、
   あの麗しの龍兄妹さま方でこちらの陣営を展開されてて、
   西の覇王様へ目通りをと、
   はるばる絹の道を渡って来られるのかなと思っていたので、
   そこがちょこっと意外でしたが…。
   (他の大人の皆様はともかく、
    ウチのキュウゾウ妃とかそちらの七郎次さんとか
    お若いクチは、ご対面の儀の折、微妙に混乱するかもですね。
苦笑)

   本当にどうもありがとうございますねvv
   こんなおばさんへお付き合いいただいてるだけでも恐縮ものですのにね。
   まだまだお侍萌えは止まりませんともvv
   なので、これからもどうかよろしくお願いいたしますネvv

宮原 朔様 翠月華


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